「BEHIND 海老乃家」#01 代表 船田

「BEHIND 海老乃家」#01 代表 船田

本日は、海老乃家の代表・船田と、その思いが育んだ海老乃家誕生のストーリーを、
少し…いや、ちょっとばかり掘り下げて紹介させていただきたいと思います。

小学生の頃から地元・香川県でレスリングに打ち込む日々を過ごしました。
高校では香川県代表に、そして大学では全国大会の常連となるような強豪チームに所属し、
全国を目指す仲間たちや手ごわいライバルたちと切磋琢磨してきました。
小学時代、レスリングの遠征で訪れたアメリカ・サンフランシスコ。

試合の後に立ち寄ったレストラン、窯で茹で上げられた特大のロブスターを初めて食べた時のことを鮮明に覚えています。
その味わいに、心の底から驚きと感動を覚えました。
〝美味しい〟だけでは言い表せない衝撃が、初めて海老を意識した体験となりました。

大学を卒業した後、高校時代からお付き合いしていた彼女(今の妻)の実家が経営する水産加工の会社に入社しました。
それは、心の奥底で感じていた“海老”への思いが再び動き出すきっかけだったのかもしれません。
義理の父が漁師として営むその会社は、瀬戸内海で獲れた新鮮な魚介類、
海外から仕入れた海老などの水産物をお寿司のネタとして加工する仕事を手掛けていました。


しかし、当時の会社はまだ発展途上で、多くの課題を抱えている状態でした。
市場の変化、国内水産業界の高齢化、海外製造へのシフトなど、厳しい環境にさらされていたのです。
お客様が本当に求める商品を届ける方法、事業を広げる道、その答えを模索する毎日が始まったのです。

とはいえ、水産業界の経験も知識もない船田にとって、それはあまりにも大きな挑戦でした。

地元や全国各地の水産業のプロから、ノウハウを学びました。
商品の開発や改良に取り組むため、日付が変わるまで試作を繰り返す日々も続きました。
それは、華やかさとは無縁の、地道で泥臭い努力の積み重ね。
けれどその時間と、周りの人々の助けが、水産業の世界に一歩ずつ近づけてくれたのです。

そんな毎日を過ごす中、徐々に「海老」が船田の心を占める存在になっていました。
国内外の海老の産地に足を運び、その奥深い世界を知るたびに、海老の持つ可能性に心を動かされました。
栄養価が高く、メインディッシュからサイドメニューまで和洋を問わず活躍する万能な食材。
さらに、「長寿」「繁栄」という縁起の良い意味を持つ食材。
そんな特別な存在である海老にどんどん魅了されていったのです。

そんな中でも揺るぎない事実。「海老は生で食べるのが一番美味しい」。
国内外の産地を訪れ、さまざまな海老を味わう中で、この確信に至りました。

しかし、ふと考えると、それを家庭で楽しむのは簡単ではありません。
生きたえびを買い、殻を剥き、下処理をする。
忙しい日常の中では手間がかかり、どうしてもハードルが高いのです。

「この美味しさを、もっと手軽に、もっと多くの人に届けたい。」
そんな想いが心の中で大きく膨らんでいきました。
これまで培ってきた目利きと技術力に加え、現地の人々との信頼関係を築きながら、
船上凍結という技術を活用した新鮮な海老を確保するための仕入れ体制も整えました。


これらの想いを実現するための長年の構想と地道な努力の積み重ねが、
お刺身でも食べられるおいしい海老、「海老乃家」の誕生につながったのです。

私たちは、従業員とともに、誰もが笑顔になり、
日常にも、特別な日にも寄り添える温かみのある存在となれることを目指しています。
そして、「海老なら海老乃家だよね」と思い出していただけるように、今日も全力で海老に向き合っています。